「農家婚活が人気番組」岩手日報No.742号
昨年冬に盛岡に一時帰国していた際、テレビ番組で農家の30代未婚男性が相手探しに苦労しているという報道を目にした。昨今のマッチングアプリを利用したり、地元自治体主催の交流会など「婚活」に参加するも、手応えが感じられないと嘆いていた。
そこでふと思い出したのが、オランダで2004年11月からほぼ毎年放映されているオランダの長寿テレビ番組「Boer zoekt vrouw(直訳:農夫が妻を探しています)」だ。実は農業と結婚、仕事と人生の両立という普遍的テーマを取り上げたオランダ公共放送制作の番組。落ち着いた演出、長期的なカップル成立実績で「国民的番組」となっている。
オランダでも他国と同様に、農家の人々が結婚やパートナー探しに苦労するという社会状況がある。農業は地方・郊外に仕事と生活の場があるため、都市部に比べて出会いの機会が少なく、農家の独身率が高いことから、「地域と職業ならではの孤独感」に着目した。
恋愛の舞台が「スタジオ」ではなく「農場=生活の場」でオランダの農村社会や農業のリアルな姿にも触れつつ、農作業、家畜の世話、早朝作業、天候トラブルといったリアルな日常を通じて、婚活者の人柄・価値観・相性が浮き彫りにされる。
放映当初は主に 男性農家が結婚相手の女性を探す内容だったが、女性農家が男性を探すパターンも加わり、番組の幅が広がった。基本的に10人の農家が出演し、放送局に参加希望の視聴者らが手紙やオンラインで応募する形という。
各農家が複数の候補者からパートナーを2名までに絞り込み、農場での共同生活を経て、最終的に1名と週末旅行などを通して深い関係を築く、という構成。女性の婚活者には数百名の応募があった時もあった。
この番組は「結婚」ではなく、「どんな暮らしができるか」を見せるよう工夫されており、農業従事者の職業観や魅力を再認識させる役割も果たしてきた。
多くの視聴者が農村や農家の生活に共感することで、若い世代が地方での生活を前向きに考えるきっかけになるという意義も指摘されている。2022年の特番では、「2004年以降、103人を取り上げ、その内85人が安定した関係を築き、番組をきっかけに生まれた子どもは90人」と発表、この番組が縁で一緒に暮らしている家族を個別訪問した内容が放映された。
昨シーズン(2024〜2025年)からは、手紙枚数の公表は行われなくなり、出演者も6名に絞り込まれ、参加者同士の交流の様子が見せ場になっている。今後どんな展開が見られるのか楽しみである。
番組のウェブサイトhttps://boerzoektvrouw.kro-ncrv.nl
中公新書「トルコ現代史」(今井宏平著)を読んで
キルギス共和国は、トルコと緊密関係にあるということに気づくようになったのは最近でした。ビシュケク市内に最初にできたモールはトルコ資本で、独立した後に最初に外交関係を結んだのもトルコです。キルギス語とトルコ語は「テュルク[1]」系言語に属していることから、お互いに半分くらいは喋っていても分かると、職場のキルギス人に言われた時はビックリしたものです。トルコの海辺リゾート地が大好きなロシア人を受け入れるところでは、キルギス人が結構働いて、かなりの海外送金をしているとも言われています。
オランダにいる時のトルコのイメージは、どちらかといえば労働者として移民してきた世代とその二世が暮らしているという限られた情報に因る所が多く、最近駅とかで見かけるようになってきたトルコ系のファストフード(ケバブやショアルマ等)やオランダ人が好んでいた格安のリゾート地などがその典型かもしれません。ユトレヒト市内のタクシーの運転手にもトルコ系の人が目立ちます。たまたまかもしれませんが、キルギスからオランダに戻ってスキポール空港から乗ったタクシーの運ちゃんは、オランダで育ったトルコ系2世の好青年。イスタンブールのような都会と、彼の両親が生まれ育った田舎の違いなどを車内で話してくれたのでした。
そんなこんなで、だいぶ偏ったイメージをトルコに抱いていましたが、歴史的な背景や政治経済についてほとんど知らないことを気にしていたところ、トルコでの仕事が長く、現在ジョルダンで働いている小村さんから届く現地通信に、この中公新書が紹介されていて、「自分がトルコにいるときに読んでみたかった」という感想を述べていたので、前から気になっていました。昨年12月に一時帰国した時に、八重洲ブックストアで探したらサッと出てきて即買い。ところが年末年始に読むつもりがなかなか手強い内容であったこともあり、ついに今回のキルギス出張に持参することになりました。それでもなかなか進まず、ついにキルギスから帰国する機内で読み始めたのですが、「オスマン帝国の崩壊を受けて1923年に建国したトルコ共和国の百年の足跡を振り返る」と帯書きにあるように、ソ連に脅威を抱きつつ繰り広げた外交と、軍事政権と数度のクーデタに振り回された内政が織りなす紆余曲折の出来事が満載で、読んでは立ち止まって考えてしまいます。1992年にEUのマーストリヒト条約が締結された頃は、かなりEUにラブコールを送り擦り寄ってEUの加盟国になるべくロビー活動等を繰り広げていたのですが、最近では打って変わって、中東の大国として独自の外交を繰り広げるトルコ。ロシアのプーチンと蜜月になりつつあるエルドアン大統領も、最近のシリア難民問題やクルド人対策などでよく話題になります。
トルコが何でNATOの加盟国だったのかという疑問にも答えてくれる記述があり、なるほどと思ったりしました。NATO発足の前夜の1948年12月にアメリカがトルコの加盟を拒み、ギリシア同様、NATOの発足メンバーになれなかったという挫折を味わったトルコ。その後1950年6月に勃発した朝鮮戦争に当時のバヤル大統領が4500人からなる軍事旅団を派遣することを決定し、この時の貢献と共産主義ソ連の「南下政策」を封じる役割を期待したアメリカの後押しを受けて、1952年2月にNATOに正式に加盟することになったのでした。
著者が、はしがきで「トルコの政治と外交を理解することは国際政治全体を理解することである」と述べており、決して大袈裟ではない最近の情勢となってきていることから、トルコの動きにますます目が離せなくなっていると言っても過言でないでしょう。
新書の表紙と帯
帯の続き
[1] 「トルコ人」を意味するこの言葉は、元々モンゴル高原からシルクロードを辿り、アナトリアへ民族移動し移住するようになった遊牧民族の総称である(同書 p137)。
(オランダ通信 2018年2月号 *2018月3月1日発行から)
出版情報:中央公論新社(2017)
https://www.amazon.co.jp/トルコ現代史-オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで-中公新書-今井-宏平/dp/412102415X
「森のひみつ木々のささやき―ふつうの人が森へ行く日」 (小山浩正著)
故人・小山浩正くんの遺稿シリーズ
大学の同級生で、1年目の教養学部時代から同じ学科に移行し、同じ研究室(造林学講座)で共に過ごした小山くんが癌で亡くなってこの3月(2018年)にもう2年が経とうとしています。山形大学農学部でいろんな研究(ブナの生態学等)をする一方で、市民を対象に啓蒙活動なども継続し、地元の新聞である庄内日報にも、山形大学の同僚と共同で定期的に記事を掲載していました。亡くなる直前にその記事をまとめた本『森のひみつ木々のささやき―ふつうの人が森へ行く日』が山形大学から出版されおり、その一冊を友人から分けてもらったのですが、なんとも味のある文章で読者をグイグイ惹きつける書き振りです。
「もう彼の文章も読めないなあ」と、諦めかけていたのですが、同じ講座出身の杉本君から年末にメールが届き、「彼のお母様から預かったのだが、書き溜めておいた遺稿が掲載されていた」と言って、14回分のコピーを共有してくれたのでした。なんと、彼が亡くなった3日後の2016年3月13日から昨年12月16日にかけて定期的に「森の時間」という題目で庄内日報に掲載[1] が続いており、なんとも嬉しい彼の置き土産です。彼の幅広い観察眼と洞察力が文章の所々に溢れており、こうやって庄内の地元の人々に森の価値を再認識してもらおうと小山君は頑張っていたんだなあ!と改めて敬意を評したくなりました。
本当なら一緒に演習林にでも出かけて夜にお酒でも飲みながら、馬鹿話をしたいのですが、あの世に行ってしまったので願うべくもありません。もしこのシリーズを読みたい人がいるようでしたら、別途こちらまで連絡下さいませ。
[1] https://www.tr.yamagata-u.ac.jp/archive/morinojikan.html
(オランダ通信 2018年1月号 *2018月1月31日発行から) 出版情報:山形大学出版(2016)
https://www.yamagata-u.ac.jp/books/publication/027.html
「リサイクルの新しい流れ」岩手日報No.736号
プラスチック汚染を終結させるはずの国際協定は行き詰まり、国際協力の難しさが浮き彫りとなっている。国連で進められてきた世界初の法的拘束力を持つプラスチック条約の交渉は、ジュネーブでの最終会合(2025年8月)が決裂した。米国が自主的措置以外を拒み、産油国も生産規制に反対したため、170か国以上が合意を模索したにもかかわらず妥協点は見いだせなかった。地球規模の課題解決に向け、各国が歩み寄る道を模索することがこれまで以上に求められている。
一方、地域レベルでは具体的な取り組みが各国で進んでいる。ゴミ問題は日常生活をする上で避けて通れない。オランダでは、昔から循環型経済を推奨してきており、ペットボトルや缶にデポジット(預り金)を上乗せし、返却時に払い戻す「スタティーゲルト制度」が拡大している。対象は当初のビール瓶やコーラなどの大容量ボトルから小型ペットボトル、さらにアルミ缶へと広がり、回収率は2024年にボトル77%、缶84%と高水準に達した。今年5月にはロッテルダムやアムステルダムといった大都市には専用リターン店舗が開設された。大量の容器を一括で返却できる仕組みも整ってきている。制度利用者は国民の9割を超え、累計で小型ボトル54億本(一人当たりおよそ300本)、缶でも36億本が回収されている。
自転車で市内の公共ゴミ箱を渡り歩く「拾得者」
ユトレヒト市内の公園にある公共ゴミ箱(飲み終わったペットボトルとかを敢えて露出させてゴミ漁りによる乱雑さを防止する試み)
もっとも課題も残る。オランダ政府が掲げる回収率90%にはまだ届かず、監督機関は改善を要求している。預り金額15セント(約20円)ではインセンティブが弱いとの声もあり、25セントへの引き上げが検討中だ。公共ゴミ箱が「拾得者」に漁られて荒らされる問題や、乳飲料容器など対象外パッケージの残存も指摘される。それでも制度は拡張を続け、2027年までに回収拠点を5,400か所以上に増やす計画がオランダでは進んでいる。
ゴミ問題の世界的な交渉が難航する一方で、オランダの事例は「制度設計と市民参加が噛み合えば成果は出せる」ことを示している。日本も2019年に大阪で開催されたG20首脳会合で「海洋プラごみゼロ」を掲げた国として、国際協調と国内実践の両面でより大きな役割を果たすことが期待されており、身近なリサイクルから、新しい流れをつくることが求められている。
「リサイクルの新しい流れ」岩手日報No.736号
大学の大先輩・梶光一東京農工大学名誉教授の著書を読んで・その2
先日オランダ通信で紹介した日本の鹿研究の第一人者である梶光一先生の著書『ワイルドライフマネジメント』ですが、「なんでクマやシカが人里に出てくるようになったのですか?」といった質問がオランダ通信を読んだ方から届きました。そんな中、時々読んでいるほぼ日刊イトイ新聞で、次のようなテーマで取り上げられていることに気づきました。
「増えすぎたエゾシカをめぐる問題。 野生動物のこと、みんなで知っておこうよ。 伊吾田宏正✕諏訪雄一✕ほぼ日あっちこっち隊とは? [1] 」
6月10日から8回に分けて、狩猟管理学の第一人者である伊吾田宏正先生(酪農学園大学准教授)や長年にわたってNHK番組などで自然や動物の番組を制作されてきた諏訪雄一さんが、一般者が知っておいたほうがよさそうな野生動物の問題について、座談会的に話しており、北海道ではエゾシカの数が増えすぎて、けっこうな被害が出ていること、日本のあちこちで、自然と人間の関係が変わってきて、クマやイノシシの出没が昔と比べて増えてきているという現状などを実例も含めて紹介しながら分かりやすく説明した内容です。
増えすぎたエゾシカをめぐる問題
シカやイノシシが来たら、次はクマだ
ハクビシンはイチゴのヘタを残す。
ヨーロッパでは、いい環境ができている
どこで増えているか。どう捕獲するか
シカ肉の美味しさを知る機会が増えたら
命をいただきながら、生きている
自然の中で野生動物に出会ったら
近年、日本のあらゆるところで野生動物と人の軋轢が生じており、「アーバンベア(都市型クマ)」や「アーバンディア(都市型シカ)」ということで、街にまで動物が出てくるようになっていることに一因として、田舎での人口減少や耕作放置地の増大が取り上げられています。都市部を離れたところでは、高齢化などにより昔からの集落がどんどん限界集落になって住人がいなくなり、昔の人が育てていた果樹は残っていてそれを食べにくる野生動物が多くなっていることや、マタギのようなハンターも少なくなっているという日本国内の社会構造の変化も取り上げています。
一方で、野生動物管理の先進国であるヨーロッパと日本の制度の違いについても触れています。
ヨーロッパと日本で大きく違うのが「獲った肉が誰のものになるか」という部分で。 日本だと基本的に、狩猟免許をとってシカやイノシシを撃ったら、どこで獲ったかに関わらず、その肉は「捕獲した人のものになる」んです。たとえば西興部村に、村外からシカ撃ちにやってきて、料金を払ってガイドをつけて狩猟しました。そうすると、肉は獲った人のものになります。だけどヨーロッパの場合、国にもよりますけど、獲った肉は基本は「土地所有者のもの」なんですね。ライセンスの効力は撃つところだけで、捕獲物は土地所有者、または土地所有者に委託された野生動物の管理者のもの。なので、その土地所有者または管理者には「撃たせ料(ライセンス料やガイド料)」と「出荷する肉の部分」
この件に関しては、梶先生は「日本の森林管理には野生動物がいない」と述べています(梶2025a)。日本は明治期にドイツ林学の一環として「狩猟学」が導入され、農学系の林学の講義として講じられた歴史があったものの、残念ながら消失してしまい、森林という土地の所有や管理と、野生動物管理が結びつかないまま、現在に至っていると。狩猟に関しても土地の所有権に関わらず狩猟ができるという「自由狩猟」という世界的に見ても極めて特殊な体制が日本では取られており、鳥獣による農林業被害が生じても責任の拠り所が曖昧であるなど行政的な矛盾が多く生じていることも関連の論文を読んで初めて知りました。梶先生が北大林学科でクマやシカを研究していた1980年代には、「なぜ、林学で動物の研究をするのだ」と言われ、それから40年。そして人間と野生動物が衝突して人身事故にも繋がる現在の悲惨な状況は、残念ながら日本の森林政策の失敗でもあるのです。
一方、野生動物管理の先進国・ドイツでは、教育レベルでも行政レベルでも野生動物管理が森林管理の一部として機能しています。ドイツの森林官[2] は大学で狩猟学を学ぶことが義務付けられており、ドイツ全体で約4000名が狩猟森林官として配置され、個体数管理や狩猟を実施しています(梶2025b)。また、森林内の野生動物は「林産物」(日本だとキノコとか筍のイメージが強い)としてきちんと位置付けられています。土地所有者は、その土地にいる野生動物の狩猟権を有することから、管理する「義務」と捕獲する「権利」を有するのです。どちらかといえば漁業権みたいな感じでしょうか。土地の所有権といえば、国有林や国立公園、そして自衛隊演習場を所有する日本国政府は、野生動物管理にこれまでも現在も消極的です。私がオランダの大学院に留学していた時に、スウェーデンの同級生が「森の中で狩猟をするのが楽しみだ」と言っているのを聞いて違和感があったことを思い出しました。北欧の森林学科で勉強する学生は当然のように銃を扱い狩猟学を勉強していたのです(オランダではその当時狩猟学の講義はありませんでした)。
北米(アメリカとカナダ)では現在ワイルドライフ・マネジメントのプログラムが約400の4年生大学で提供され、その卒業生の多くが専門家として連邦政府や野生生物保護団体などに雇用されています(梶2025c)。北米では、野生動物を法的に無主物[3] かつ公共財[4] として位置付けており、特徴として州政府が管理ユニットごとに捕獲数を割り当て狩猟によって個体数管理を実施していることや、捕獲した獲物は自家消費に限定していることが挙げられます(梶2023)。またヨーロッパでは狩猟獣市場が認められているが、北米モデルでは認められておらず野生動物保護が前提となっていることや、北米では狩猟動物をレクレーションの対象としているなどの相違点も述べられています。各国の野生動物監視システム(シカ類)をまとめた図が分かりやすいなあと思ったので添付しておきます。
国 所有権 野生動物管理主体 課題 アメリカ 公共財・無主物 州政府 狩猟者の減少 ドイツ 無主物 土地所有者 狩猟者の減少 日本 無主物 あいまい(環境省、農林水産省、都道府県、市町村) 総合的な制度や体制の確立(自由狩猟からの脱却) 専門家の育成と配置 個体数管理(捕獲調整、被害防除等)
(梶2025aを元に作成)
梶先生は、地域に根差した野生動物管理を推進する高度専門職人材の教育プログラムの創設を目指しており、北海道知床半島に2013年開設された公益財団法人・知床自然大学院大学設立財団(この4月から知床自然アカデミーに改称[5] )の代表理事に2024年に就任しており、ほぼ日で紹介された西興部の取り組み等にも関わっているとのこと。学生時代には、ヒグマを論文テーマに設定し、森林管理に野生動物管理の概念が抜けていた当時の日本林学界では異端児でした。当時増えはじめていた北海道のエゾシカを対象に変更し、頭数を把握する試みから四苦八苦の手探りをはじめ、現在に至っています。「環境適応力も繁殖能力もハンパない日本の鹿と共存するには、獲って食べる仕組みを本気で考えないと」とのこと。人口減少が進む一方で、野生動物の分布拡大と生育数の増加により日常生活でも人と野生動物との軋轢が深刻になりつつある日本ですが、①北米やヨーロッパの好事例を参照に森林行政の課題が解決されていくこと、②今後多くの野生動物専門家が育成されて、国有林や地方行政機関などに専門職人材が配置されることの2点を切に願っています。
参考文献: 梶 光一(2023) ワイルドライフマネジメント 東京大学出版会 梶 光一(2025a)特集 日本人が森に学ぶこと 野生動物管理 ヒトと野生動物はどのように共存するのか 神籬 71:3-8 梶 光一(2025b)シカ個体群管理の現状と将来の方向性 森林技術 No.997 https://www.jafta.or.jp/contents/shinringijuts/27_month5_detail.html 梶 光一(2025c)特集 野生動物と人間 第一部 野生動物と人間をめぐる関係を見るための視座 学問と実践をつなぐ 野生動物管理学の役割 『森林環境2025』 42-50 森林文化協会 https://www.shinrinbunka.com/publish/shinrin/ 梶 光一(2025d) 平成林業逸史(61)「野生動物管理と森林管理」山林 1691:10-16 大日本山林会 (オランダ通信 2025年6月号 2025月6月30日発行から)
梶 光一(2023) ワイルドライフマネジメント 東京大学出版会
大学の大先輩・梶光一東京農工大学名誉教授の著書『ワイルドライフマネジメント』を読んで:その1
今年(2025年)春の盛岡滞在時ですが、4月2日に盛岡駅近くで熊出没騒ぎがあり、別の日には、鹿の罠が掛けられるところを徘徊している熊とそれを貪り食う画像がテレビで放映されるなど野生動物と人間の関わり方が気になっていました。野生動物と言えば、個人的にはどうしても絶滅種や危惧性が気になりニホンカワウソやアマミノクロウサギなどが頭に浮かんでくるのですが、昨今は大型獣(シカ・イノシシ・クマ類)の生育数が日本では急激に増加しており、その分布域も拡大しているのだと気づきつつありました。また、ケニアの国立公園の一つであるアンボセリ(キリマンジャロの麓)ではアフリカゾウが増加して園内の植物だけでは生息できなくなってきていることや、ネパール・インドでは野良ゾウが住民の畑を荒らして迷惑だといった話も思い出したのです。
そんな折、大学の大先輩である梶さんとメールで連絡が取れて、都内滞在時の4月12日にお会いすることが出来ました。同じく北大の先輩である花岡さん(砂防教室・サイクリング部)と一緒に府中市内のジビエのレストラン「医食屋Nobu[1] 」でお会いしていろんな話を聞かせてもらいました。長野県の諏訪湖を舞台にした映画「鹿の国」[2] (監督の弘理子さんは、私がネパールで協力隊員をしていた時に長期滞在をしてドキュメンタリーを撮っていた方)の制作に関する話を諏訪出身の花岡さんから聞いたり、とにかく話題が豊富で面白く、レストランでワンオペをしているシェフも合間を縫って色々と話してくれるのであっという間に時間が経ってしまい、本当に贅沢な晩餐でした。
府中市内のジビエレストラン・Nobu
著書を持つシェフと花岡さん(左)そして梶さん
晩餐の場では、うろ覚えながら、北海道の鹿肉は100年以上前にはヨーロッパに堂々と輸出されており肉質も味も申し分ないこと(つまりEU向けに輸出できて稼げる商品)とか、ヨーロッパの大学、特にドイツとかは学部できちんと狩猟学を学び、ライフルを実践で使えるように訓練されている(スウェーデンも然り)といったことが話題になっており、もうちょっと詳しく知りたいなあと少し二日酔いの頭で翌朝思ったものです。
梶さんの近著は『ワイルドライフマネジメント』とあえて和訳していないタイトル。野生動物管理とでも訳せそうですが、東京大学出版会から既刊で『野生動物管理システム』を出版している(こちら未だ読んでいません)から敢えてこういうタイトルにしたのかもしれません。1冊4200円は高いなあと思いつつも、講演料かな?と思って新宿の紀伊國屋で早速買うことにしました。
実は梶さんは地平線報告会の3月の報告者[3] でもありました。1985年の黄源流探検以来のご縁とのこと。そこでは次のように紹介されており、最年少の中学3年生から最高齢の90歳の女性まで幅広い参加者が新宿に集ったとのこと。
2025年3月28日(金)於:新宿区榎町地域センター 4F多目的ホール
日本の鹿研究の第一人者である梶光一さん。野生動物と今後どう共存していくべきかを語っていただきます。「日本では年間60万頭の鹿を獲っているけど、それでも増え続けています。せっかくの肉や毛皮は利用もされず、ほとんどが捨てられてる」というのは日本の鹿研究者の草分け、第一人者、梶光一さん(71)。縄文の昔から野生動物を“畏れ敬いながら利用”してきた日本の技術や文化が途絶えたのはこの一世紀ほど。この間に、鹿、猪、熊などは著しく増えました。「農林業や環境への影響だけじゃなくて、最近はヒトとの接触事故も。でも未だに野生動物とうまく共存する方法論がないのが日本の現状です」。東京の下町出身。北海道大学農学部林学科の学生時代にヒグマを論文テーマに設定。森林管理に野性動物対応の概念が抜けていた当時の日本林学界では異端児でした。当時増えはじめていたエゾシカを対象に変更し、頭数を把握する試みから四苦八苦の手探りをはじめます。「環境適応力も繁殖能力もハンパない日本の鹿と共存するには、獲って食べる仕組みを本器で考えないと」。今月は梶さんに、シカをはじめ、これから我々は野性動物とどうつきあっていけばいいのか、その考え方を語って頂きます!
日本では明治期にドイツ林学の一環として「狩猟学」が導入され、農学系の林学の講義として講じられた歴史があったものの、残念ながら消失してしまったということも初めて知ったのでした。梶さんが北大林学科でクマやシカを研究していた1980年代には、なぜ、林学で動物の研究をするのだと言われていたそうです。それから40年。2024年には書評が林業経済研究所 の発行する学術雑誌『林業経済』から出るなど、野生動物管理学といった日本では新しい取り組みに追い風が吹いています[4] 。ここ数年は、野生動物による農林業への被害や居住地への出没など、人との軋轢が増加しており、シカなどの野生動物への対策なしには日本の林業が成り立たなくなってきている現実も無視できません。
日本独自の野生動物管理を提言し確立するための知恵がたくさん詰まっているこの本が多くの人の手に渡ってほしいと願うばかりです。そして、今後は地域に根差した野生動物管理を推進する高度専門職人材の教育プログラムの創設を目指しており、北海道知床半島に2013年開設された公益財団法人・知床自然大学院大学設立財団(この4月から知床自然アカデミーに改称[5] )の代表理事に就任した梶さん。高校生から社会人まで幅広い人材が学ぶ場として今後が楽しみです。最後に梶さんが投稿している論文の一部(2025a)を参考までに紹介したいと思います。 “平成の時代に迎えた人口縮小社会では、人間の力が最も弱く、野生動物の力が最も強い社会となりました。野生動物管理は地域を持続させるために必要であり、そのための専門家育成と配置は急務となっています。また、森林におけるシカの管理は都道府県や市町村の事業に委ねるのではなく、日本の林学の源流であるドイツのように、森林管理者が森林管理の一環として主体的に取り組むことが必要です。
(続く)
参考文献: 梶 光一(2025a) 平成林業逸史(61)「野生動物管理と森林管理」山林 1691:10-16 大日本山林会 梶 光一(2025b)特集 野生動物と人間 第一部 野生動物と人間をめぐる関係を見るための視座 学問と実践をつなぐ 野生動物管理学の役割 『森林環境2025』 42-50 森林文化協会 https://www.shinrinbunka.com/publish/shinrin/ 梶 光一(2025c)特集 日本人が森に学ぶこと 野生動物管理 ヒトと野生動物はどのように共存するのか 神籬 71:3-8
(オランダ通信 2025年4月号 2025月5月2日発行から)
梶 光一(2023) ワイルドライフマネジメント 東京大学出版会
「バッタを倒しにアフリカへ」 (前野ウルド浩太郎著)
このタイトルからしてワクワクしてくるではないか?と帰国間際の成田空港内にある書店でこの新書を見つけた時に思ったものです。定期購読している日経ビジネスの書評欄でも紹介されており、一時帰国したら是非手に取ってみたい!と思っていましたが、即買いでした。前野ウルド浩太郎という秋田県出身で幼少から昆虫学者ファーブルに憧れて、バッタ学者になってしまったという何とも純粋な動機を持つ若手研究者が著者です。広大なサハラ沙漠の一角を占める西アフリカのモーリタニア(協力隊は派遣されておらず、JICAが漁業支援等を続けている)に3年間張り付いて、農作物を食い荒らすサバクトビバッタの研究を続けたその喜怒哀楽を、実に軽い調子で書き上げているのです。研究所で唯一の日本人として、お酒が飲めないイスラム圏で、言葉(フランス語やアラビア語)もできないまま、人徳のある研究所長や信頼のおけるドライバーらに囲まれて、砂漠でバッタを追いかける日々。しかも計画通り動かない大自然を前に、バッタが大発生するはずなのに肝心のバッタがパタリといなくなるという不幸が待つという、論文を書いてナンボの若手学者には致命的な事件に遭遇。気ままな大自然を恨めしく思う気持ちが文書に滲み出ています。
それでもめげず、どんな困難にぶつかっても前向きに捉え、何らかの解決策を見つけていくその姿は爽快ですらあります。これは、東北出身者にありがちな粘り腰なのかな?とさえ思いたくなりました。新書の前書きに書いてあるのですが、「不幸は続き、さしたる成果を上げることなく無収入に陥った。なけなしの貯金を切り崩してアフリカに居座り、バッタの大群に相見える日が来るまで耐え忍ぶ日々。バッタのせいで蝕まれている時間と財産、そして精神。貯金は持ってあと1年。全てがバッタに喰われる前に、望みを次につなげることができるのだろうか」と。これが32歳当時の前野博士の心境でした。日本の博士課程に進んでみんなが悩み、なんとか獲得したいと想い焦がれるのが、「学位取得、就職、そして結婚(つまり三冠王)」なんて、誰かが言っていたのをふと思い出しました。 そんな困難が待ち構える若手フィールド研究者の悩みを解決したのが、京都大学の白眉プロジェクト支援制度[1]。授業を一切せず最大5年間自身の研究にだけ集中していいという研究者にとっては夢みたいな制度で、当然人気も高い(倍率30倍!)のですが、彼は受かってしまうのです。その時に面接で会った当時の松本京大総長の言葉が何とも憎いので引用します。「(モーリタニアの)過酷な環境で生活し、研究するのは本当に困難なことだと思います。私は一人の人間として、あなたに感謝します」と、総長自ら、若手研究者の労をねぎらったのでした。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないなあ。
現在は、JIRCAS(国際農林水産業研究センター)の研究員として、益々ご活躍中の前野博士。920円の新書で既に9刷、述べ10万部を販売したのは、やはりその中身が「前代未聞、抱腹絶倒の科学冒険就職ノンフィクション、小学校高学年から楽しく読めます!」と新書の帯に書いてある通り、面白いからでしょう。「知は現場にある」とは、光文社新書のキャッチコピー。開発援助の現場で働くものとして、自分もそう思い続けていきたいです。
[1] https://www.hakubi.kyoto-u.ac.jp/jpn/02_mem.html#tab6
「バッタを倒しにアフリカへ」 (前野ウルド浩太郎著)
(オランダ通信 2018年新年号 *2017月12月30日発行から) 出版情報:光文社新書(2017)
「コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語」・再読(ジャン=ピエール=ボリス著)
ほぼ10年前の2008年6月に創成社新書から『世界に広がるフェアトレード』という本を出版してもらった時のサブタイトルが「このチョコレートが安全な理由」でした。その当時から、日本はチョコレートの原材料となるカカオの輸入大国で、ラベル認証等を通じて、開発途上国の生産者らを支援するフェアトレードのチョコレート販売が徐々に広まっていました。また、ここオランダでもUTZなどの認証ラベルが貼られたチョコレート製品がスーパーなどに溢れており、メインストリーム化が進んでいますが、一方でそのトレーサビリティに疑問を持つ消費者も多くなってきています。特にカカオ農場での児童労働者の関与について基準やモニタリングが曖昧なUTZ(妻が本部で1年半ほど働いていました)とは一線を画して、原材料から製品化までのバリューチェーンをしっかり把握していることを売りにしているチョコレートブランド”Tony ‘s Chocolonely”は、オランダ発の板チョコで少し割高ではありますが、スーパーでもきちんと棚に並べられて売られています。
以前の通信でも書きましたが、昨年東京経済大学の渡辺ゼミの学生がオランダを訪問した際に、ユトレヒト近郊の小学校でフェアトレードの授業を参観した時の子供たちは「フェアトレードといえばTony!!」と叫んでいた位、ブランド名が浸透しています。また、日本人でも上質のカカオを求める消費者が増えており、2015年国際チョコレートアワードで金賞受賞したカカオハンターの小方真弓さんが南米のジャングルから見つけてくるレアなカカオを使ったケーキやチョコなども人気が出てきています[1] 。
街角のスーパーに山積みのTonyチョコレート
という訳で、ここ最近は生産者の現場からも遠ざかっていて、一消費者になっている私ですが、興味深い記事を見つけました。イギリスの新聞紙でThe Guardianという日刊紙が、先月9月13日付で西アフリカの象牙海岸ではチョコレート産業が熱帯林消失の元凶であるというルポを掲載しました。国立公園で貴重な動物や植物が本来なら保全されるべき地域で、堂々とカーギルなどの多国籍企業が天然林を伐採してカカオ栽培を促進しているという内容です[2] 。このルポを担当した研究者によると、調査対象の23保護地区で少なくとも19万5600トンのカカオが生産されたというのです[3] 。
この記事に接して、2005年にフランスのジャーナリスト・ジャン=ピエール=ボリスが刊行した『コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語』に書かれている内容を思い出してしまいました。当時から繰り広げれているグローバル経済の裏側で苦しむ農民たちという構造が、10年以上経った今なお、ほとんど改善されていないという認識を強くしています。西アフリカの弱体な政府の元で、本来なら保全されるべき地域を、堂々とカーギルなどの多国籍企業が天然林を伐採してカカオなどの商業作物を促進しているという悲しい状況を今回の新聞記事は取り上げており、以前より多国籍企業は巧妙な手口を使っているようにも思えました。関連の記事をしばらく追ってみようと思っています。
(オランダ通信 2017年10月号 *2017月11月1日発行から) 出版情報:作品社(2005)
コ-ヒ-、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語: 生産者を死に追いやるグロ-バル経済
八十八ケ所・四国のお遍路さん(2025年2月)
四国のお遍路さんについては、昔から何となく耳にしていたのですが、実際に歩いてみようと思ったきっかけは、ナイロビで出会ったオランダ人のAntheさんです。ベルギーのReduで本の民宿を経営しているのですが、コロナ禍の前に50歳の誕生日を祝うべく、旦那さんと88ヶ所巡りを計画していたものの、コロナ禍となり残念ながら諦めたということでした。それが2021年春頃で、その後なんとなく頭の片隅に引っかかっていました。オランダの図書館で英語版のガイドブックを見つけたり、アメリカ人の写真家が八十八の寺院を撮影した立派な写真集を手にしたりと、マリエッタと情報確認をしたりしつつも、いつか行けたらいいなあ、くらいの軽いノリがしばらく続いていました。
転機は昨年末にふと、今年は親父が88歳の米寿を迎えるし、語呂合わせもいいから、これまで行ったことのない四国に行ってみよう(ネパール再訪も実は候補の一つでした)と思いついたことでした。フライトを調べると、オランダからソウルまでのフライトが妙に安く(その時は韓国が政治的に不安定)、ソウルから関西空港に飛んで、和歌山港から徳島港までフェリーが2時間で着くことが分かりました。バタバタとチケットを購入し、ソウルに4泊(韓国も初訪問)して、高野山にも1泊した後、徳島入りしたのが2月1日でした。エアビーで安い市内のマンション1室を1週間予約していただけで、その後は様子を見ながらお参りの場所や滞在場所を決めていこうというスタイルにしました。
結局、徳島の民泊で2月前半を、2月後半は高松市内のホテルに滞在して、天候を見つつ仕事(オンラインでの業務)を時折しながら、合計二十三ヶ所の寺院をお参りすることが出来ました。弘法大師(空海)がお遍路巡りをしたのが1400年以上前で、それ以来どれだけの人たちがこの道を通ったのか、そんな歴史の重みを感じる毎日でした。温暖な気候の四国という勝手な思い込みのせいで、粉雪に見舞われたり、防寒具を買い足したりと準備不足は歪めませんでしたが、JRやバス、そして高松ではホテルの自転車を借りて、お寺の麓まで移動したり、地元の私鉄である琴電に乗ったりと変化に富んだ毎日でした。
SNSで連絡を取っていたジャカルタ在住の写真家Cさんは、1400kmにわたる全行程を真夏に2ヶ月近くかけて歩いて回り、その次は自転車を使って2週間強で回ったということを知らせてくれたりしました。
四国第一番・霊山寺
四国八十八ヶ所の地図
四国第八十四番・屋島寺
琴電
徳島というか、鳴門市にある第一札所の霊山寺は、初めてのお遍路さんを迎えるスタート地点。駐車場も立派で、観光案内も充実しており、儲かっているんだろうなあという雰囲気が漂っていて、少し俗っぽいところに思えたのですが、のんびりお参りをしていると売店のおばさんがマリエッタに近寄ってきてカタコトの英語を喋るのです。外国人も多いのですか?などと差し障りのない話をしていたところ、外国人のお遍路さんが増えていて何を言っているのか分からない、英語も勉強したいけど、、、みたいな展開に。マリエッタが「Duolinguoという無料のアプリがいいですよ!」とスマフォで紹介したら、興味を持つも、自分ではダウンロードできない!と言うのです。こちらは別に急いでいるわけではなかったので、アプリをおばさんのスマフォに登録する手続きをすることに。お客さんがいない時に少しづつ取り組めば、きっと英語も上達しますよ!みたいな無責任発言を残して、その場をさろうとしたら、「これ持っていってください!」と言って霊山寺の手拭いをくれたのでした。大事に使いたいものです。
香川県は、お遍路さんの終点でもある88番目の大窪寺があるのですが、印象深いのは84番目の屋島寺。私の両親もここを訪ねたということを後で知ったのですが、源平合戦の舞台でもあります。12世紀に絶大な権力を握っていた平清盛を打倒しようと、立ち上がった源氏と平家の戦いである「源平合戦」が1180~1185年に日本各地で繰り広げられ、屋島周辺にも様々な史跡が残っています。https://www.my-kagawa.jp/feature/yashima/genpei
今こそ陸続きになっていますが、昔は島だったという標高293mの頂上に位置する屋島寺は、高松市の東部に位置しており、車でも登れるものの、我々は麓まで自転車で行ってそこから山道を登ることにしました。近所の人が散歩でもよく使っているようで、犬の散歩をしている人もちらほら。木立の中をゆっくり登っていくと立派な木門に到着。お参りをしてからお昼時だったので何か食べれるかなあと周辺を歩いてみると、カフェ。ちょっとお値段は高めだったのですが、眼下に高松市内や瀬戸内の島々が広がっている見事な場所。ゆっくり豪華なランチを楽しめました。
讃岐うどんの山田屋
讃岐うどんセット
https://www.my-kagawa.jp/feature/yashima/genpei
シルクロードの英語本 “The Silk Roads; A new history of the world”
“The Silk Roads; A new history of the world”というタイトルに惹かれて思わず、この春キルギスに渡航する際に立ち寄ったスキポール空港の本屋で衝動買いをしてしまった一冊です。買ったのが今年の3月。500ページを超えるボリュームで25章に渡ることから、なるべく1章づつ読もうと心がけていましたが、先日ようやく読み終えました。この数ヶ月の間に、シルクロード関連のニュースもいろんなところから聞こえてきました。習近平主席が打ち出した中国の「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」設立準備の関連で、「一帯一路」構想に注目が集まっており、5月中旬にはその国際会合が北京で開催され、関連諸国の首脳クラスが招待されています。
著者のPeter Frankopanは、オックスフォード大学の若手政治研究者で、中近東や中央アジアの膨大な文献にあたって、紀元前から今日に至るまでの情勢を時代毎に分かりやすくまとめてます。しかも章ごとのタイトルが面白いのです。これまで学校等で習ってきた歴史とは切り口が違うためか、自分の頭の中ではバラバラだった歴史上の出来事が横糸を紡ぐようにシルクロードという縦糸で繋がっていくのが、本を読みながら実感できたのが嬉しいところ。ポーランドやトルコがなぜ親日国なのか、ロシアがなぜシリア紛争を手助けしているのかといった謎解きも、この本で歴史的な繋がりを読むうちに少し分かる事が出来たのも儲けものです。そのうち、和訳本も出るのでしょうか、気になるところです。ちなみに各章の見出しは次の通りです。
The Creation of the Silk Road(紀元前が舞台:アレキサンダー大王の遠征、ローマ帝国の栄華等)
The Road of Faiths(6世紀前後まで:仏教やゾロアスター教の勃興、キリスト教徒の拮抗)
The Road to a Christian East(6世紀が中心:東方に浸透するキリスト教と黒海やペルシア帝国の情勢)
The Road to Revolution(7世紀前後:イスラム教の勢力拡大とローマ帝国との確執)
The Road to Concord(8世紀前後:ウイグル地方まで浸透したイスラム教、中近東におけるキリスト教やユダヤ教、イスラム教の混在)
The Road of Furs(9世紀前後:黒海やカスピ海周辺を含めたシルクロードの貿易網)
The Slave Road(10世紀前後:北欧バイキングが手がけるスラブ人の奴隷貿易)
The Road to Heaven(11世紀:聖地エルサレムへの十字軍遠征)
The Road to Hell(13世紀:ジンギスハンによる東アジアやイラン、東ヨーロッパの征服とモンゴル帝国創建)
The Road of Death and Destruction(14世紀前後:ユーラシアを襲う黒死病、マルコポロ等の東方大航海)
The Road of Gold(15世紀:ポルトガルやスペインの栄華、コロンブスの“新大陸”発見)
The Road of Silver(15−16世紀:南米の銀山発掘、スペイン帝国、海のシルクロード)
The Road to Northern Europe(16世紀:オランダの黄金時代、大英帝国の始まり)
The Road to Empire(17−18世紀:東インド会社の栄光、アメリカ独立)
The Road to Crisis(18−19世紀:ナポレオンの東方遠征、シルクロードをめぐるロシア帝国やペルシア帝国の画策)
The Road to War(第一次世界大戦)
The Road of Black Gold(19世紀後半:中近東における大英帝国の石油利権)
The Road to Compromise(20世紀初頭:四大帝国の崩壊(オスマン、ペルシア、ロシア、ドイツ)と欧米諸国の石油利権争い)
The Wheat Road(第二次世界大戦前後:ロシア穀倉地帯を狙うドイツ・ナチ政権)
The Road to Genocide(独ソ戦争と第二次世界大戦の終結)
The Road of Cold Warfare(冷戦時代とシルクロード周辺国の情勢)
The American Silk Road(イギリスの没落とアメリカの支配)
The Road of Superpower Rivalry(シルクロードにおけるソ連とアメリカの攻防)
The Road to Catastrophe(アフガニスタン侵攻、イランゲート事件等)
The Road to Tragedy(湾岸戦争、9/11、イスラム過激派の勢力拡大等)
Conclusion: The New Silk Road(「一帯一路」構想等について)
(オランダ通信 2017年7月号 *2017月8月5日発行から) 出版情報:Vintage (2017)
シルクロードの英語本 “The Silk Roads; A new history of the world”(Peter Frankopan著)