「野生リンゴ」岩手日報No.526

2020年1月12日

 キルギスの仕事でリンゴとの縁がまたつながるようになった。幼少の頃、盛岡市郊外に住んでいた祖父の家には紅玉やフジ、世界一といった品種が植えられたリンゴ園があり、秋になるといつもリンゴの入った大きな小包が自宅に届くのを楽しみにしていた。市場にはなかなか出回っていなかった「蜜入りリンゴ」が詰められており、その味を子どもながら堪能したものである。

 中央アジアにリンゴの原産地が存在することを知るようになったのは2016年秋、キルギス農業大学のクバン教授に国際協力機構(JICA)の「林産品による地方ビジネス開発プロジェクト」を手伝ってもらうようになってからである。

 彼は18年夏に野生種リンゴに関する研究で博士号を取得しており、「機会があったらぜひ、サルチレク自然保護区に行ってほしい」と勧められていた。それもあって今回、キルギス南部ジャララバード州にある同自然保護区など2カ所の野生種リンゴ自生地を訪問してきた。

 そこではリンゴと一緒にクルミやアーモンド、プラムなどの林も混交し、収穫されたナッツや果物は地元住民の貴重な現金収入の源となっていた。一方で生物多様性の観点から貴重な地域として国内外に知られ、09年に実施された野生果樹の調査では、4種類のリンゴ野生種や10種類におよぶアーモンドの野生種が確認された。

 その中でもMalus niedzwetzkyanaは、Malus sieversiiと同様にキルギスの森に自生する野生種で、リンゴの育種で最近注目されてきている赤肉品種の親にあたる。 過去50年間で前者はその約9割が消滅し、同自然保護区の場合、自生しているのが確認されたのは百数十本に限られている。このような貴重な野生種を保護管理しようと、海外の研究機関などが小規模ながらも支援してきているが、遺伝子ハンターらによる採取、地元住民による伐採(まき利用等)など危機にさらされている。

 穀物や野菜、果樹の野生種保護については、これまでも多くの学者たちがその重要性を訴えてきたが、昨今の地球温暖化に伴い、リンゴも温帯での栽培に対応できる品種改良が進んでいると聞く。病虫害にも耐性があり、長距離の運搬や貯蔵にも対応できるリンゴの生産も欠かせない。

 その昔、他の野生果実とともにシルクロードを通って西洋に伝わったとされる中央アジア原産のリンゴ。実はキルギスにも野生種としてそれが自生していることを確認できたことをうれしく思うとともに、その保護と新たな利用に期待したい。