「憩いの森 攻防の歴史」岩手日報No.754号

 都会に暮らす人々にとって、身近な自然はますます貴重な存在となっている。住宅地の拡大や農地との土地利用の競合、道路建設による自然環境への影響は、日本でも高度経済成長期以来、たびたび議論されてきた。いわゆる「開発か保全か」という問題だ。

 私が長年暮らしているオランダのユトレヒト市周辺では、高速道路の車線拡幅などで緑地が徐々に減少している。自宅から自転車で10分ほどの場所に都市近郊林アメリスウェールト(Amelisweerd)がある。川沿いに広がる風光明媚な森で、私もよく散歩に出かけるお気に入りの場所だ。

 この憩いの森は、隣接する高速道路「A27」の建設・拡張計画によって、半世紀以上にわたって開発と保全をめぐる攻防が繰り広げられた。その歴史的な経緯により、オランダの環境運動を象徴する場所となっている。

 1970年代前半の計画では、幅132メートルの高速道路が森を横断する予定だったが、反対運動が全国に広がり、78年には大規模なデモが行われた。いったん建設が承認されたものの、反対派の活動は続いた。

 80年代に入ると活動家が森にテントやツリーハウスを設置して伐採阻止を試み、市民も署名活動や啓発運動を展開した。粘り強い運動の結果、伐採規模は大幅に縮小され、A27はルートを一部変更して1986年に開通した。

 だが議論は終わらなかった。2012年に当時のインフラ大臣がA27の拡幅計画を発表すると、ユトレヒト市や一部の国会議員、市民団体が反対を表明。法廷での審理も重ねられ、ようやく25年に一定の決着がついた。

 アメリスウェールトと隣接するラインアウウェン(Rhijnauwen)を合わせた緑地全体は約500ヘクタールで、盛岡市にある高松公園の10倍以上の広さがある。カフェやテニスコート、子ども向けの農園や遊び場などがあり、家族連れや学生たちで賑わう。散策やサイクリングを楽しむ地元住民も多い。

 都市近郊林の役割は生物多様性の保全やレクリエーションの場としてだけでない。熱環境の緩和や炭素吸収など、気候変動が激しい現代の都市のレジリエンス(回復力)を支える重要な社会基盤でもある。

 慢性的な住宅不足に悩むオランダでは、農地を住宅地へ転換する動きが今後も続くとみられる。都市近郊林は生態系を支えるだけでなく、多くの住民に安らぎを提供するかけがえのない存在でもある。

 いったん失われた自然を回復することは容易ではない。憩いの森として市民に愛されるアメリスウェールトが守り継がれていくことを願ってやまない。

「憩いの森 攻防の歴史」岩手日報No.754号